遺言書は、亡くなった方の意思を相続に反映させるための重要な書類です。しかし、法律で定められた要件を満たしていない場合は、せっかく作成した遺言書でも無効と判断されることがあります。
遺言書が無効になると、故人の意思どおりに相続が行えないだけでなく、相続人同士で遺産分割協議をやり直さなければならないケースもあります。その結果、親族間のトラブルや相続手続きの長期化につながる可能性もあるため注意が必要です。
この記事では、自筆証書遺言・公正証書遺言それぞれで遺言書が無効になるケースをわかりやすく解説します。また、遺言書が無効と疑われる場合の対処法や、有効な遺言書を残すためのポイントについても紹介します。
これから遺言書を作成する方はもちろん、手元にある遺言書の有効性が気になる方もぜひ参考にしてください。
遺言書が無効になる主なケース(自筆証書遺言編)
自筆証書遺言は、自分で作成できる手軽さがある一方で、形式上の不備によって無効になるケースが少なくありません。法律で定められたルールを正しく理解し、要件を満たした遺言書を作成することが重要です。
全文が自筆で書かれていないケース
自筆証書遺言は、原則として本文をすべて遺言者本人が自筆で記載しなければなりません。本文をパソコンやワープロで作成した場合や、第三者による代筆があった場合は、法的な効力が認められません。
また、録音や動画によるメッセージも、法律上の遺言書としては無効です。
病気などで文字を書くことが難しく、第三者が手を添えて記載した場合も、自書とは認められず無効と判断された判例があります。本人の意思で自ら記載したことが客観的に認められることが重要です。
なお、財産目録については例外があります。2019年の民法改正により、パソコンで作成した財産目録や通帳のコピー、不動産登記事項証明書などを添付できるようになりました。ただし、その場合は財産目録のすべてのページに本人の署名と押印が必要です。
日付の記載がない、または特定できないケース
作成日が記載されていない遺言書や、日付を特定できない遺言書は無効になります。
日付は、遺言者に遺言能力があったかを判断するだけでなく、複数の遺言書が存在する場合にどちらが最新のものかを判断するためにも重要な要素です。
例えば、「令和6年11月吉日」のように日付を特定できない書き方では無効となります。
一方、「70歳の誕生日」など、客観的な資料から特定の日付が判明する場合は有効と判断される可能性があります。
また、日付印やスタンプで記載しただけでは自筆の要件を満たしません。必ず「令和○年○月○日」または「○○○○年○月○日」と、自筆で年月日を記載しましょう。
署名や押印がないケース
自筆証書遺言には、遺言者本人の署名と押印が必要です。これらは、遺言書が本人の意思によって作成されたことを示す重要な要件です。
署名は戸籍どおりの氏名をフルネームで記載するのが最も確実です。通称やペンネームでも本人を特定できれば有効と判断される場合がありますが、相続人間の争いを避けるためにも正式な氏名を使用することをおすすめします。
押印については実印である必要はなく、認印や拇印でも有効とされています。ただし、シャチハタなどのゴム印は経年劣化しやすく、本人確認を巡るトラブルの原因となる可能性があるため避けたほうが安心です。
訂正方法のルールを守っていないケース
遺言書を書き直したり修正したりする際は、民法で定められた方法で訂正しなければなりません。誤った方法で修正すると、訂正部分が無効となる可能性があります。
修正テープや修正液で文字を消したり、黒く塗りつぶしたりする方法は認められていません。
訂正する場合は、修正箇所に二重線を引いて押印し、正しい内容を記載します。さらに、「○行目の○文字を削除し、○文字を追加した」などの内容を余白に記載し、署名する必要があります。
訂正方法を誤ると、訂正前の内容が有効と判断されることがあります。また、元の文字が判読できないほど塗りつぶしてしまうと、遺言の内容自体を判断できず、トラブルにつながるおそれがあります。
書き損じが多い場合は無理に修正せず、新しい用紙に書き直したほうが確実です。
遺言書が無効になる主なケース(公正証書遺言編)
公正証書遺言は、公証人が法律に基づいて作成するため、形式上の不備で無効になることはほとんどありません。
ただし、遺言者の意思能力や作成手続きに問題があった場合は、公正証書遺言であっても無効と判断される可能性があります。
遺言者に遺言能力がなかったケース
遺言書を作成した時点で、遺言者に遺言能力(自分の行為の意味や結果を理解し、判断できる能力)がなかった場合、その遺言書は無効となる可能性があります。
公正証書遺言が無効と争われるケースでは、この「遺言能力」が争点になることが少なくありません。
例えば、重度の認知症によって意思能力を失っていた場合は、公証人が作成した遺言書であっても法的効力が認められない可能性があります。
もっとも、認知症であることだけを理由に遺言が無効になるわけではありません。
遺言能力の有無は、遺言作成時の医療記録や介護記録、認知機能検査の結果、当日の受け答えの様子などを総合的に考慮して判断されます。症状が軽く、自分の財産や相続内容を十分に理解していたと認められれば、有効と判断されるケースもあります。
証人が不適格だったケース
公正証書遺言を作成する際は、2人以上の証人の立ち会いが必要です。
ただし、法律で証人になれない人が立ち会っていた場合は、遺言書の有効性が問題になることがあります。
証人になれない主な人は次のとおりです。
・未成年者
・推定相続人
・遺贈を受ける人(受遺者)
・推定相続人や受遺者の配偶者、直系血族
・公証人の配偶者や四親等以内の親族
・公証役場の職員
実際には、公証人が事前に証人の資格を確認するため、不適格者が証人になるケースはほとんどありません。
ただし、遺言者自身が知人や親族を証人として依頼する場合は、事前に資格を確認しておくことが大切です。
口授(こうじゅ)が適切に行われなかったケース
公正証書遺言では、遺言者が公証人に対して遺言内容を口頭で伝える「口授」が必要です。
この手続きは、遺言書が本人の意思に基づいて作成されたことを確認するための重要な要件です。
例えば、公証人が作成した文案を読み上げるだけで、遺言者が「はい」と答えただけでは、口授があったとは認められない可能性があります。
また、病気などで発声できない場合は、筆談や通訳人を利用するなど、法律に沿った方法で意思を確認する必要があります。
このような手続きが適切に行われていなかった場合は、公正証書遺言であっても無効と判断される可能性があります。
遺言書の種類に関わらず無効になるケース
遺言書は形式要件を満たしていても、内容や作成経緯に問題がある場合は無効となることがあります。
ここでは、自筆証書遺言・公正証書遺言のいずれにも共通する代表的なケースを紹介します。
内容が公序良俗に反するケース
遺言の内容が公序良俗(社会の一般的な秩序や道徳)に反する場合は、民法第90条に基づき無効となる可能性があります。
例えば、不倫関係を維持することを目的として愛人へ財産を遺贈するようなケースでは、公序良俗違反と判断されることがあります。
ただし、「愛人に財産を遺贈した」という理由だけで、直ちに無効になるわけではありません。
遺贈の目的や背景、相続人への影響などを踏まえ、社会通念に照らして総合的に判断されます。
また、生前お世話になった友人や介護をしてくれた人へ財産を遺すこと自体は、通常であれば適法です。
詐欺や強迫によって作成されたケース
第三者にだまされたり脅されたりして作成した遺言書は、本人の自由な意思に基づくものではないため、取り消しの対象となります。
例えば、「財産を失う」などの虚偽の説明を受けて遺言書を作成した場合や、暴力や脅迫によって特定の人物に有利な内容を書かされた場合が該当します。
もっとも、詐欺や強迫を理由に無効を主張するには、その事実を客観的な証拠で立証しなければなりません。
録音データやメッセージの履歴、当時の状況を知る人の証言などが重要な証拠になります。
偽造・変造されたケース
相続人や第三者が遺言書を偽造・変造した場合、その遺言書は当然に無効です。
例えば、自筆証書遺言の筆跡が本人のものではない場合や、金額や相続人の氏名などを書き換えた場合がこれに当たります。
さらに、偽造や変造を行った相続人は「相続欠格」に該当し、相続権そのものを失う可能性があります。
遺言書を書き換える行為は、相続上だけでなく刑事上の責任を問われることもあるため、絶対に行ってはいけません。
共同で作成されたケース(共同遺言の禁止)
遺言書は、一人ひとりが自由な意思で作成するものです。
そのため、夫婦や親子など2人以上が同じ書面で共同して遺言書を作成した場合は、民法により無効となります。
例えば、「夫婦の財産はすべて長男へ相続させる」と1枚の遺言書に連名で記載した場合は、共同遺言に当たります。
夫婦で同じ内容の遺言を残したい場合でも、それぞれが別々の遺言書を作成する必要があります。
共同遺言が禁止されているのは、お互いの意思に影響を受けたり、一方が自由に撤回できなくなったりすることを防ぐためです。
遺言書が無効になるケースに関する誤解と注意点
遺言書については、「開封すると無効になる」「内容が少し曖昧でも問題ない」といった誤解が少なくありません。
実際には、遺言書の有効性と手続き上のルールは別問題として扱われるケースもあります。ここでは、よくある誤解と注意点を解説します。
勝手に開封しても遺言書自体は無効にならない
封印された自筆証書遺言を家庭裁判所での検認前に開封してしまっても、それだけで遺言書が無効になるわけではありません。
検認は、遺言書の内容や状態を確認・保存するための手続きであり、遺言書の有効・無効を判断するものではありません。
ただし、民法では封印された遺言書は家庭裁判所で相続人などの立ち会いのもと開封することとされています。
これに違反して開封した場合は、5万円以下の過料が科される可能性があります。
誤って開封してしまった場合でも、内容を書き換えたり隠したりせず、そのまま家庭裁判所へ提出して検認の申立てを行いましょう。事情を正直に説明することで、その後の手続きを適切に進められます。
内容が曖昧だと実質的に遺言を実現できないことがある
形式上は有効な遺言書であっても、内容が曖昧なために相続手続きを進められないケースがあります。
例えば、「預貯金の一部を長男へ譲る」「妻に財産を託す」といった表現では、どの財産をどのように相続させるのかが明確ではありません。
その結果、金融機関や法務局で手続きができず、相続人同士で解釈が分かれてトラブルになることもあります。
遺言書には、相続させる財産をできるだけ具体的に記載することが重要です。
不動産であれば登記事項証明書どおりの所在地や家屋番号を、預貯金であれば金融機関名・支店名・口座番号・預金種別まで記載しておくと安心です。
遺言書が無効になるケースに直面したときの手続き
遺言書に無効事由があると思われても、自動的に法的効力が失われるわけではありません。
相続人の間で意見が分かれる場合は、話し合いや裁判所での手続きを通じて、有効・無効を判断していくことになります。
相続人全員で遺産分割協議を行う
相続人全員が「この遺言書は無効」と認識している場合は、遺産分割協議によって財産の分け方を決めることができます。
例えば、日付が記載されていない、本文がパソコンで作成されているなど、形式上の不備が明らかな場合は、協議によって解決できるケースも少なくありません。
全員の合意が得られれば、遺産分割協議書を作成し、不動産の名義変更や預貯金の解約などの相続手続きを進めます。
一方で、一人でも遺言書の有効性を主張する相続人がいる場合は、話し合いだけで解決することは難しくなります。
家庭裁判所で調停を行う
相続人同士の話し合いで解決できない場合は、家庭裁判所で調停を行う方法があります。
調停では、調停委員が中立的な立場で双方の主張を聞き、合意による解決を目指します。
遺言能力の有無や遺言書の作成経緯などについて、それぞれの主張や証拠をもとに話し合いが進められます。
調停は裁判よりも柔軟に解決できる可能性があり、時間や費用の負担を抑えられる点もメリットです。
ただし、双方が最後まで合意できなかった場合は、調停は不成立となります。
遺言無効確認請求訴訟を提起する
調停でも解決しない場合は、地方裁判所へ遺言無効確認請求訴訟を提起します。
裁判では、遺言書の有効性について裁判官が証拠をもとに判断します。
例えば、遺言能力が争点となる場合は、医療記録や介護記録、認知機能検査の結果などが重要な証拠になります。
偽造や変造が疑われる場合は、筆跡鑑定や関係者の証言などが判断材料となることもあります。
訴訟は解決までに長期間かかることも多く、専門的な知識も必要です。
そのため、遺言書の有効性を巡るトラブルでは、早い段階から相続に詳しい弁護士へ相談することをおすすめします。
まとめ

遺言書は、法律で定められた形式や要件を満たしていなければ無効となる可能性があります。
特に自筆証書遺言は、日付や署名・押印、自筆での作成など細かなルールが定められており、不備があると故人の意思を実現できないおそれがあります。一方、公正証書遺言は形式面でのリスクが少ないものの、遺言能力や作成手続きに問題があれば無効と判断されることもあります。
また、遺言書が無効かどうかは自己判断できるものではありません。相続人の間で意見が分かれる場合は、協議や調停、訴訟などを通じて判断されます。
将来の相続トラブルを防ぐためには、遺言書を正しい方法で作成することが大切です。遺言書の作成や有効性に不安がある場合は、弁護士や司法書士などの専門家へ相談し、状況に応じたサポートを受けることをおすすめします。

