先に使っていた商標は守れる?先使用権の条件と警告を受けたときの対応

自社で長年使ってきた商品名やサービス名について、他社から商標権侵害の警告を受けた場合、「こちらが先に使っていたのに、なぜ使用をやめなければならないのか」と疑問に感じる方もいるでしょう。

日本の商標制度は、原則として先に出願した人を優先する「先願主義」を採用しています。そのため、商標を先に使用していたという事実だけで、後から登録された商標権の効力を免れるわけではありません。

ただし、一定の要件を満たしていれば、商標登録より前から使用していた商標を継続して使える「先使用権」が認められる場合があります。

この記事では、先使用権の成立要件や周知性の判断基準、関連する裁判例、他社から警告を受けた場合の対処法を解説します。これまで築いてきたブランドを守るために、制度の仕組みと実務上の注意点を確認していきましょう。

商標を先に使用していても商標権侵害になる根本的な理由

自社が先に使い始めた名前やロゴであっても、後から他社が同じ、または類似する商標を登録すると、商標権侵害を問われる可能性があります。日本の商標制度では、原則として先に使用した人ではなく、先に出願した人が商標権を取得する仕組みだからです。まずは、先に使っていたにもかかわらず、なぜ他社の商標権が優先される場合があるのか、その基本的な考え方を確認しましょう。

日本の商標制度が採用する先願主義の原則

日本の商標制度は、原則として先に特許庁へ出願した人を優先する「先願主義」を採用しています。そのため、ある商標を長年使用していたとしても、他社が先に同一・類似の商標を出願し、登録を受ければ、原則としてその商標権が保護されます。

商標権は、登録された商標を指定商品・指定役務について独占的に使用できる権利です。先に使用していたという事実だけで、後から登録された商標権に当然に対抗できるわけではありません。

ただし、先に使用していた人を一切保護しない制度ではありません。一定の条件を満たせば、商標法第32条に基づく「先使用権」が認められ、他社の商標登録後も従来の商標を使い続けられる場合があります。

使用主義国との相違点と先使用の法的限界

商標制度には、出願・登録を重視する考え方と、実際の使用を重視する考え方があります。日本は先願主義を基本としており、実際に先に使っていたという事情だけでは、後から出願した人より優先されません。

一方、米国では商標の実際の使用が重要な意味を持ちます。ただし、米国も単純に「先に使った人が必ず勝つ」という制度ではなく、出願や登録の仕組みも設けられています。

このように国によって制度は異なりますが、日本で事業を行う場合は、先に商標を使用しているだけで安心することはできません。商標を使い始める段階で、他社の登録状況を調べ、自社でも早めに出願を検討することが重要です。

先に使用していた商標を守る「先使用権」の基本概念

先願主義のもとでも、一定の条件を満たす先使用者は、他社の商標登録後も従来の商標を使用できる場合があります。この仕組みが「先使用権」です。ただし、単に先に使っていたというだけでは足りず、使用を始めた時期や商標の認知度など、法律で定められた条件を満たす必要があります。

商標法第32条に規定される先使用権の法的性質

先使用権は、商標法第32条に定められた制度です。他人の商標登録出願前から日本国内で同一・類似の商標を使用していた人が、一定の条件を満たす場合に、その商標を引き続き使用できる権利です。

先使用権が認められると、後から登録された商標権が存在していても、先使用者は一定の範囲で従来の商標を使い続けられます。ただし、先使用権は商標権そのものを取得する制度ではありません。商標権者と同じように、他人の使用を広く禁止できる独占的な権利ではない点に注意が必要です。

また、先使用権が認められるかどうかは、商標を使い始めた時期だけでなく、他社の出願時点でどの程度知られていたかなど、複数の事情を踏まえて判断されます。

先使用権が成立するための4つの要件

先使用権が認められるには、商標法第32条第1項に定められた要件を満たす必要があります。主なポイントは、次の4つです。

  1. 他人の商標登録出願前から使用していること
    他人が商標登録を出願する前から、日本国内でその商標を使用している必要があります。出願後に使用を始めた場合は、原則として先使用権の対象になりません。
  2. 不正競争の目的で使用していないこと
    他人の信用や知名度にただ乗りするなど、不正競争の目的で商標を使用していた場合は、先使用権が認められません。
  3. 他人の出願時点で、需要者の間に広く認識されていること
    他人が商標登録を出願した時点で、その商標が自社の商品・サービスを示すものとして、需要者の間に広く知られている必要があります。
  4. その商品・役務について継続して使用すること
    先使用権は、従来から使用していた商品・役務について認められるものです。実際にどのような商品・役務に使用してきたかが重要になります。

これらの条件は、単に「自社のほうが先に使っていた」と説明するだけでは証明できません。特に、出願時点での認知度を示す資料が重要になるため、日頃から使用実績や宣伝活動の記録を残しておくことが大切です。

最大の難関となる「周知性」の法的な判断基準

先使用権の成立を判断するうえで、特に問題になりやすいのが「周知性」です。商標法第32条では、他人の商標登録出願時点で、先に使用していた商標が需要者の間に広く認識されていることを求めています。

ここでいう周知性は、必ずしも全国的に知られていることを意味しません。商品やサービスの内容、販売地域、取引の実情などによっては、一定の地域で広く知られていることでも認められる可能性があります。

判断にあたっては、販売実績や売上高、広告・宣伝の状況、店舗数、取引先の範囲、新聞や雑誌などの掲載実績、ウェブサイトやSNSでの発信状況などが考慮されます。

重要なのは、単に使用期間が長いことではなく、他社が商標登録を出願した時点で、どの程度の需要者に自社の商品・サービスを示すものとして認識されていたかです。後から資料を集めるのが難しい場合もあるため、日頃から証拠を保存しておきましょう。

先使用権が争われた裁判例と判断のポイント

先使用権を主張する場合、実際に商標を使用していたことだけでなく、法律上の要件を満たしていたことを証明する必要があります。裁判では、商標がどの地域で、どのような需要者に、どの程度知られていたかが具体的に検討されます。ここでは、周知性の立証が争点となった裁判例を取り上げます。

使用者側に課される周知性の立証

先使用権を主張する側は、他社の商標登録出願時点で、自社の商標が需要者の間に広く認識されていたことを立証しなければなりません。

そのため、現在の知名度や売上だけではなく、相手方の出願時点にさかのぼって、当時の使用状況や認知度を示す資料が必要になります。

たとえば、過去の売上台帳、請求書、納品書、広告物、チラシ、新聞・雑誌の記事、ウェブサイトの掲載履歴、SNSの投稿履歴などが証拠となり得ます。資料は、作成時期や内容が分かる状態で保管しておくことが重要です。

裁判例「たこ焼工房」事件に見る周知性の判断

先使用権の周知性が争われた事例として、大阪地方裁判所の「たこ焼工房」に関する事件があります。

この事件では、被告側が「蛸焼工房」という名称を長年使用していたことを理由に、先使用権を主張しました。しかし、裁判所は、他社の商標登録出願時点で、被告の商標が需要者の間に広く認識されていたとは認めず、先使用権の成立を否定しました。

判断では、商標が使用されていた期間だけでなく、販売地域や取引の実情、商品を購入する需要者の範囲などが検討されました。たこ焼きのように一般消費者が購入する商品では、需要者を特定の地域の限られた人だけに絞ることはできず、より広い範囲での認知状況が問題となりました。

この裁判例から分かるのは、長年使用していたという事実だけでは先使用権が認められるとは限らないことです。どの地域の、どのような需要者に、どの程度知られていたかを裏付ける資料が重要になります。

なお、この事件では、裁判所は損害賠償として1,165,027円の支払いを命じました。一方、被告側は訴訟中に店舗名を変更していたため、使用の差止めなどについては、請求がそのまま認められたわけではありません。

先使用権の効力範囲は従来の使用状況を踏まえて判断される

先使用権が認められた場合でも、どのような商品・役務や地域であっても自由に商標を使用できるわけではありません。先使用権の対象となるのは、基本的に、他社の出願前から使用していた商標と商品・役務に関係する範囲です。

ただし、先使用権の地域的な範囲について、必ず従来の店舗所在地だけに限定されると決まっているわけではありません。実際の使用状況や周知性、取引の実情などを踏まえて判断されます。

そのため、先使用権を主張する場合は、どの商品・サービスに、どの地域で、どのような形で商標を使用してきたのかを整理しておく必要があります。事業を拡大する際にも、従来の使用実態からどこまで認められるかを慎重に検討しましょう。

先使用権が認められた場合に生じる権利の制約

先使用権が認められれば、他社の商標登録があっても一定の範囲で従来の商標を使い続けられます。しかし、先使用権は商標権と同じ性質の権利ではありません。使用できる範囲や、他社に対して主張できる内容には限界があります。ここでは、先使用権によって認められることと、認められないことを整理します。

使用可能な商品・役務・地域は従来の使用実態を踏まえて判断される

先使用権は、他人の商標登録出願前から使用していた商標について、一定の条件のもとで継続使用を認める制度です。そのため、従来とは異なる商品・役務にまで当然に使用範囲を広げられるわけではありません。

どの範囲で使用を続けられるかは、出願前の使用状況や商品・役務の内容、需要者の範囲、取引の実情などを踏まえて判断されます。

たとえば、特定の商品について先使用権が認められたとしても、関連する別の商品や新しいサービスについてまで、同じように使用できるとは限りません。事業の拡大や新商品の展開を検討する場合は、改めて商標調査や出願を検討することが望ましいでしょう。

混同防止表示(自他商品識別表示)の付加請求

先使用権者が商標を使い続けることで、商標権者の商品・サービスと混同が生じるおそれがある場合、商標権者は先使用権者に対して、混同を防ぐための適切な表示を付けるよう請求できます。

これは商標法第32条第2項に定められた仕組みです。たとえば、会社名や店舗の所在地などを併記することで、需要者が両者を区別しやすくする方法が考えられます。

ただし、先使用権が認められたからといって、常に特定の表示を追加しなければならないわけではありません。混同のおそれがあるかどうかや、どのような表示が適切かを踏まえて対応することになります。

第三者の類似模倣を排除できる独占権ではない

先使用権は、先使用者が従来の商標を使い続けるための権利であり、商標権のように他人の使用を広く排除できる独占権ではありません。

そのため、第三者が類似する商標を使用した場合でも、先使用権だけを根拠として、その使用を差し止められるとは限りません。第三者の使用を止めたい場合は、不正競争防止法など、別の法的根拠があるかを検討する必要があります。

自社ブランドを継続的に保護したいのであれば、先使用権に頼るだけでなく、可能な範囲で商標登録を行い、権利として保護できる状態を整えることが重要です。

他社から商標権侵害の警告書が届いた場合の対処法

他社から商標権侵害の警告書が届いた場合、慌てて使用を中止したり、相手方の要求にすぐ応じたりする必要はありません。まずは相手方の商標権の内容と、自社の使用状況を確認し、法的な対応方針を整理することが大切です。ここでは、初期対応から交渉までの基本的な進め方を紹介します。

相手方権利の確認と先使用の証拠資料保全

警告書を受け取ったら、まず相手方が主張する商標権の登録状況を確認します。登録番号や商標の内容、指定商品・指定役務、権利者、登録日などを調べ、自社の商標や商品・サービスとどの程度重なっているかを確認しましょう。

次に、自社がいつから商標を使用しているかを整理します。特に重要なのは、相手方の商標登録出願日より前から使用していたことを示す資料です。

具体的には、次のような資料を保全しておきましょう。

  • 商品や店舗の写真、パッケージ、看板など
  • 販売記録、請求書、納品書、契約書
  • チラシ、広告、パンフレット
  • ウェブサイトやSNSの過去の掲載履歴
  • 新聞・雑誌などの掲載記事
  • 売上高や販売地域が分かる資料

資料を削除・廃棄せず、作成時期や取得元が分かる状態で保存することが重要です。相手方への回答を急ぐ前に、弁護士や弁理士などの専門家に相談し、先使用権を主張できるかを検討しましょう。

不使用取消審判や無効審判による相手方権利への対抗

相手方の商標登録について、一定の条件を満たす場合は、特許庁に審判を請求して対抗できる可能性があります。代表的なものが、不使用取消審判と無効審判です。

不使用取消審判は、商標権者や専用使用権者・通常使用権者が、日本国内で指定商品・指定役務について継続して3年以上登録商標を使用していない場合などに、登録の取消しを求める制度です。

審判が請求されると、原則として商標権者側が、審判請求の登録前3年以内に日本国内で登録商標を使用していたことを証明する必要があります。使用が証明されない指定商品・指定役務については、登録が取り消される可能性があります。

一方、無効審判は、商標登録が法律上の無効理由に該当する場合に、その登録を無効にするよう求める制度です。ただし、先に商標を使用していたという事実だけで、後から登録された商標が自動的に無効になるわけではありません。無効理由に該当するかどうかを個別に検討する必要があります。

どちらの手続きも、請求できる条件や必要な証拠が異なります。相手方の登録内容や使用状況を調査したうえで、適切な手段を選ぶことが大切です。

商標権の譲渡やライセンス契約の締結交渉

先使用権や審判による対抗が難しい場合は、相手方との交渉によって解決を図る方法もあります。

たとえば、商標権者から商標権を譲り受ける方法や、一定の条件で商標を使用できるライセンス契約を結ぶ方法が考えられます。ライセンス契約では、使用できる商品・役務、地域、期間、使用料、商標の表示方法などを具体的に定めておくことが重要です。

また、商標権を譲り受ける場合は、契約を結ぶだけでなく、移転登録の手続きが必要になります。交渉では、費用だけでなく、今後の事業展開やブランドの継続性も踏まえて条件を検討しましょう。

商標トラブルを未然に防ぎブランドを守る実務的対策

商標トラブルが起きてから対応するには、時間も費用もかかります。先使用権を主張する場合も、出願前の使用状況や周知性を証明する資料が必要になるため、事後的な対応には限界があります。こうしたリスクを減らすには、商標を使い始める前から調査や出願を進め、使用実績を記録する体制を整えておくことが重要です。

ネーミング決定と連動した速やかな商標出願

新しい商品名やサービス名、店舗名、ロゴなどを決めたら、実際に使用を開始する前に商標調査を行い、必要に応じて商標登録を出願しましょう。

商標は、同じ名称であっても指定商品・指定役務が異なれば登録状況や権利範囲が異なる場合があります。そのため、名称だけでなく、自社の商品・サービスに対応する区分や指定商品・指定役務も確認する必要があります。

また、商標登録を受けた後も、登録内容と実際の事業内容が合っているかを定期的に見直すことが大切です。新商品や新サービスを展開する際には、追加出願が必要かどうかも検討しましょう。

弁理士などの知財専門家を交えた事前の調査体制

商標調査や出願を社内だけで進めることが難しい場合は、弁理士などの知的財産の専門家に相談する方法があります。

専門家に依頼すれば、類似商標の調査や指定商品・指定役務の選定、出願手続きなどについて助言を受けられます。また、他社から警告書が届いた場合にも、先使用権の成立可能性や審判・交渉などの対応方針を検討しやすくなります。

商標は、事業の成長とともに価値が高まる重要なブランド資産です。名称を決める段階から知的財産の管理を意識し、必要な調査や手続きを継続して行うことが、将来のトラブルを防ぐことにつながります。

まとめ

日本では先願主義が採用されているため、先に商標を使用していたとしても、後から他社が商標登録を受ければ、商標権侵害を問われる可能性があります。ただし、商標法第32条の要件を満たせば、先使用権によって従来の商標を使い続けられる場合があります。

先使用権の成立には、他社の出願前からの使用、不正競争の目的がないこと、出願時点での周知性、その商品・役務についての継続使用などが必要です。特に周知性は、使用期間だけでなく、販売地域や需要者の範囲、売上、広告実績などを踏まえて判断されます。

他社から警告書が届いた場合は、相手方の商標権の内容を確認するとともに、自社の使用開始時期や販売実績を示す資料を保全しましょう。不使用取消審判や無効審判、商標権の譲渡・ライセンス交渉なども選択肢になりますが、どの方法が適切かは個別の事情によって異なります。

先使用権は、先に使っていた人を守るための制度ですが、商標権に代わるものではありません。ブランドを安定して守るためには、使用開始前の商標調査と早めの出願を基本とし、日頃から使用実績を記録しておくことが重要です。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律問題についての助言ではありません。具体的な商標トラブルについては、弁護士や弁理士などの専門家にご相談ください。